形成外科

乳房再建について

背景

乳癌は女性では最も多い癌であり、検診の普及もあり、乳癌の治療を受ける患者さんは増加傾向にあります。
乳癌の治療は手術に加え、放射線療法や薬剤による治療を組み合わせて行われますが、多くの場合、手術による病巣の切除が治療の軸となります。
手術の方法としては、喪失感が少ないとされる乳房温存術が多く行われていましたが、実際には温存術を行った場合でも、変形が残り、満足が得られないケースが少なくありませんでした。
一方で、乳房再建術を行うことで、乳房全摘術を行った場合でも、左右対称に近い乳房を取り戻すことが可能であるため、近年では、乳腺の全摘術の割合が再び増えつつあります。
2013年より、人工物(シリコンインプラント)を用いた乳房再建術が保険診療となったこともあり、この傾向は強まっています。
この項では、当院での乳房再建について説明いたします。

再建方法

乳房再建の方法を大きく分けると、自家組織による方法と、人工物を用いる方法の2つがあります。

1.自家組織による方法

自家組織とは、自分の体の一部のことです。
乳房を再建する場合、皮膚だけでなく、ボリュームを持った皮下脂肪などを移植する必要があります。
主に用いられるのは、(a)背中の筋肉(広背筋)とその周りの皮膚・皮下脂肪、(b)おなかの筋肉(腹直筋)とその周りの皮膚・皮下脂肪、(c)おなかの皮膚・皮下脂肪などです。施設によっては、臀部や大腿の組織を移植することもあります。

(a) 広背筋皮弁
広背筋とその周りの皮膚・皮下脂肪を、側胸部の皮下に作ったトンネルを通して胸に移行し、乳房を再建する方法です。広背筋を切ることによる日常生活面での障害はほとんどないこと、結果が非常に安定していることなどの利点から、長年スタンダードな再建術式として用いられてきました。一方、あまり大きな乳房の再建には向かない、背部の皮膚は胸の皮膚よりも色合いが少し濃くなる、背中の組織を採取した部分に術後の液体貯留が長引くなどの欠点もあります。

広背筋皮弁を用いた再建の模式図
イメージ図 乳房再建 
傷あとは、再建乳房周囲と、背中に20-30cm程度残ります。

(b) 腹直筋皮弁
腹直筋とその周りの皮膚・皮下脂肪を、みぞおち付近の皮下に作ったトンネルを通して胸に移行し、乳房を再建する方法です。比較的大きなボリュームの乳房の再建が可能であること、柔らかく、色合いも胸の皮膚に近く、より自然な乳房が作りやすいことなどの利点がありますが、片側の腹直筋を使用するため、術後に下腹部の膨隆が生じる、という欠点があります。そのため、次に触れる穿通枝皮弁法の割合が増えつつあります。

腹直筋皮弁を用いた再建の模式図
イメージ図 乳房再建

(c) 腹部穿通枝皮弁
腹直筋皮弁の応用で、腹直筋を温存し、皮膚と皮下脂肪だけを移植する方法です。そのままでは組織が壊死してしまうため、顕微鏡で胸部の血管と移動してきた組織の血管をつなぎなおすことが必要となります。腹直筋皮弁の利点に加え、腹直筋の利用する必要がない、という長所がありますが、血管をつないだ部分に血栓ができたり、何らかの原因で流れが悪くなることがあり、ある一定の確率(3%程度)で移動してきた組織がすべて壊死(血流が途絶えて組織が腐ってしまうこと)し、取り除かなくてはならなくなることがあります。

腹直筋穿通枝皮弁を用いた再建の模式図
イメージ図 乳房再建 
傷あとは、再建乳房の周りと、おへその周り、下腹部に横方向25-40cm程度残ります。

自家組織を用いる方法全般の特徴として、長期的に安定した乳房形態が得られる、比較的自然で柔らかい乳房が得られる、という長所がありますが、体の別の場所に新しい傷が出来てしまうという短所もあります。また、人工物を用いる方法に比べ、1回の入院期間は長め(2~4週間程度)になることが多いです。

2.人工物による方法

乳房の形態を模したシリコン製のインプラントを皮下に埋入して、乳房を再建する方法です。他の組織を犠牲にする必要がないため、目立つ場所に新しい傷が増えることもなく、術後の回復も早いというメリットがあります。過去には、全額自己負担で、限られた施設でのみ行われていた方法ですが、2013年より、保険診療となったため、(執刀医や施設の条件はあるものの)多くの施設で行われるようになりました。
手術を受けていない側の乳房が比較的小さく、手術であまり皮膚を取られていないときには、一度にインプラントを埋入することも可能です。しかし、原則的には、まず一度、皮膚を伸ばすための水風船(エキスパンダー)を胸の筋肉の下に埋入する手術が必要になります。
皮膚を伸ばす前に、ある程度の大きさをもったインプラントを埋入すると、皮膚が足りなくなってしまい、傷が開いたり、再建乳房の変形を来しやすくなったりするためです。退院後、外来で少しずつ水を注入してエキスパンダーを膨らませ、数ヶ月その状態で十分に皮膚が伸展するのを待ち、インプラントに入れ替える手術を行います。

人工物による再建の模式図
イメージ図 乳房再建 
傷あとは、胸部のみに残ります。

それぞれの入院期間は1~2週間程度と自家組織での再建にくらべると短めですが、その一方で、上記の理由により、原則複数回の入院が必要になります。
欠点としては、条件(全摘術の術式、乳房のサイズや、形、放射線治療の有無)によっては、人工物の使用が難しくなること、さらに、異物を留置することによる感染の危険性が常にあること、術後しばらくしてから位置の異常、被膜拘縮による変形などの合併症を起こす可能性があること、などがあげられます。そのため、一般的には、一生ものではなく、術後10~20年で入れかえの手術を行う可能性があるものである、ということを念頭に置いておく必要があります。
また、最近ではインプラント留置に伴う、乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(Breast Implant Associated-Anaplastic Large Cell Lymphoma(BIA-ALCL))という疾患のリスクが指摘されるようになりました。この疾患はT細胞性のリンパ腫と呼ばれるもので、乳がんとは異なる悪性腫瘍です。希な疾患ではありますが早期発見が重要となるため、再建術後は定期的な経過観察が一生涯必要となります。詳しくは日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会HPに患者さん向け情報が適宜更新され掲載されておりますので参考にしてください。
http://jopbs.umin.jp/general/index.html   ※外部サイトが開きます。



当院における各自家組織とインプラントでの再建の比較
再建方法インプラント広背筋皮弁腹直筋皮弁腹部穿通枝皮弁
手術回数 2回 1回 1回 1回
手術時間 1~1.5時間 3~5時間 6~10時間 6~10時間
入院期間 1~2週間 2~4週間 2~3週間 2~3週間
傷あと 乳房の直線状瘢痕 再建乳房周囲、背部 再建乳房周囲、腹部、臍周囲 再建乳房周囲、腹部、臍周囲
再建乳房の仕上がり ややかたい
動きはない
インプラントの輪郭がはっきり出てしまうことがある
比較的やわらかい
大きな乳房の再建には適さない
色が濃い
やわらかく自然
臍やお腹の傷あとが残る
やわらかく自然
臍やお腹の傷あとが残る
合併症 感染、位置のずれ、被膜拘縮
BIA-ALCL
壊死に伴う変形、背中に水がたまる 腹部膨隆 血管の閉塞による
完全壊死となる可能性がある
長期経過 10~20年で再手術の可能性
BIA-ALCLに関する長期フォローが必要
やや萎縮して小さくなる 長期的な萎縮は少ない 長期的な萎縮は少ない
一般的な再建方法について説明しておりますが、乳癌の手術内容や、反対側の乳房の大きさや、各個人の体格、ご年齢などにより、おすすめできる再建方法は異なってきますので、お気軽にご相談ください。
(外来担当:谷 裕美子、 笠井 昭吾)